いい本だった。
被虐待児の半生といえばそうなのだが、ここにはその言葉から連想されるただただ辛く苦しい匂いはほとんどしない。どこまでも優しく、不器用な愛がこぼれ落ちていくようだった。その行為を善とはしない。主人公の母親は、愚かだし、どうしようもない人間ではあるのだ。ただ、そこから発した愛情までもが嘘偽りではないということを、主人公が抱き止める過程は、切なくも暖かな気持ちになる。それが一つの母子の決別にもなるのだろう。
作中、非常に短文だが、主人公に嫌な目線を向ける通行人が登場する。大した分量のない、ストーリーにも大きな影響を与えない箇所なのだが、妙に心に残った。彼らを失礼なやつだとか、心無い人間だと責めたり、憤慨することは容易だろう。ただ、現実、自分がその場に相対したとき、どんな行動ができるだろうか。彼らには彼らで理由があるのかもしれないし、自分自身は余裕のない時に心ある対応ができるのだろうか。
ロバの寓話も興味深かった。創作なのか、実際の寓話なのかは分からないが、振り返らないロバは、心の助けになりそうだ。その時のロバの気持ちは計り知れないが、同じような場面で、私もそのロバのようにありたい。