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薄雪さんの感想、レビュー

下巻では、佐伯梨香、桐野景子、菅原、鷹野博嗣のそれぞれが描かれています。 佐伯梨香は青南学院高校の3年生。榊に熱烈な好意を抱いている。高校生の沙弥と小学生の弓子という2人の妹がおり、離婚した母親の元でアパートで暮らすという貧困世帯で生きている。 榊とは1年生の時に生徒と副担任という立場で出会った。夜の街で援助交際をし、男に裏切られ、帰る宛ても無く街に取り残された際、偶然会った榊に助けられる。当時の担任だった山崎に殴られた時や、弓子が風呂場で倒れ意識を失った時など、梨香がどんなに絶望した状況に陥っても、必ず助けてくれた榊へ恋心を抱くようになった。榊という希望を見出した彼女も自殺者ではなく、マネキンとなる。 桐野景子もまた青南学院高校の3年生。梨香とは幼馴染みで彼女の家庭の事情もよく知っている。両親は医者であり、自身も医学部志望。生徒会の副会長を務め、会長の裕二と共に業務をこなしていた。牧村という家庭教師を付けており、景子が国立の中学校に入学に入ってからも、勉強を教わっていた。景子は牧村の事を信頼していたが、ある日彼氏に振られて悩んでいることを「そんなことで」という一言で済まされてしまう。それが切っ掛けで牧村が景子に勝手な理想を抱いて、彼が女性的な自分を拒絶していることを察する。また自分も牧村に夢を見ていたということに気付いて、関係も気不味くなっていた。また、景子は深く生徒会長の裕二を愛するようになる。自殺者の発生というトラブルにより、疲労困憊する裕二を支えに、元の世界に帰りたいと願う景子。そんな彼女が自殺者ではなく、マネキンとなり、元の世界に帰る。 菅原は青南学院高校の3年生。不良っぽく振舞っているものの、内面は熱い人物。教師志望。中学生の頃、母親にPTA会長だった父親が惜しまず寄付をしていた『ひまわりの家』という施設の手伝いを言い渡される。同じく『ひまわり』を手伝っていた青南に通う高校生のサトちゃん、2人の小学生で同じ呼び名を持つ『ヒロくん』と『ヒロちゃん』と過ごす日々を、純粋に楽しんでいた。しかし中学2年生の夏に『ヒロちゃん』が、母親の無理心中に巻き込まれ、幼くして死んでしまう。ヒロちゃんの死を通じて、教師になりたいと願う。そんな彼もまた自殺者ではない。マネキンとなる。   鷹野博嗣は深月とは幼馴染みで、いつも登下校を共にしている。眼鏡を掛けた冷静沈着且つ親しみやすい好人物。成績も優秀、元陸上部所属でT大法学部志望。担任教師の榊とは従兄弟同士であり、容姿もそっくりである。深月と最後の謎解きをする役目を担うことになる。鷹野は校舎の4階に赴き、教師の榊と出会う。 榊は鷹野に重大な事実を明かす。彼は、深月がこの世界のホストであり、自殺者は角田春子だと語る。春子は自殺をすることでいじめの被害者と加害者を逆転させようとしていたこと、さらに、角田春子の自殺の背後には深月が関与していたこと、そして深月が自分自身を責め続けているために、彼女自身も自殺を図り、現実の世界で生死の境をさまよっていると告げる。深月も4階を訪れる。その場で菅原は高校生であったときの榊であることも判明する。また幼き頃のヒロくんは鷹野であることも。 真相に触れ、深月は精神的な苦痛が増大していき、自らの罪悪感と向き合うために上へと逃げ出す。春子の自殺に際し、彼女からの和解の手紙を拒絶したのは深月であった。また、自殺後に彼女からの手紙をトイレに流し、和解を拒絶したことを隠蔽をしようとしたのも。 深月は鷹野に向かって「みんな、忘れて」と言い放ち、屋上から飛び降りる。この瞬間、榊(菅原)が深月を助けようと一緒に飛び降りる。 舞台は元の世界にもどる。 深月が病院で目覚めたとき、彼女を見守る多くの顔があった。鷹野、景子、その他のクラスメイトたちも、彼女が目を覚ますのを待ちわびていた。鷹野とも話し、自分がどれだけ愛されているかを知る。 深月はこのまま、なにごともなかったかのように皆が事件を忘れていくこと、また自身も日常に帰っていくことができなかった。そのためホストとしての世界をつくり、皆を、そして自分を責め立てた。榊が教師としてではなく、学生の菅原として冷たい校舎にいた理由は記憶を捻じ曲げるため。せめて教師である榊には、深月と春子のトラブルの中、中立的な存在でいてほしかったからだ。その上、それでも深月のそばに榊はいてほしかったからだ。だから菅原は生まれた。 再び、自分たちこそ人生を歩き始める8人。 榊は小学校の教師になるために学校をやめる。皆は、それぞれの進路を歩いていく。春子の墓に集い、記憶を新たにしていく。 辻村深月のデビュー作。確かに文体は硬く、名文の羅列とは言えないけれどこの緻密な長編を20代で書いた胆力・能力はすごいなと思いました。 この作品において、マネキンは自殺者ではないことの現れであり、自殺者をめぐる傍観者の立場や無力さの現れであるかもしれない。そういった意味でギミックや隠れた表現などを探していく意趣も作中にあります。 作品の最後、鷹野が榊を探して降りようとする電車のなかで、春子の姿を見るのは感慨深いです。 彼女を巡る葛藤との訣別を意味しているようにも見えますし、春子を含めたこの作品を彩った若者たちみんなの旅立ちを表現しているようにも見えます。 辻村深月がこの下巻の冒頭に記したメッセージはこうです。 「最後のページをめくったその後も、たまに思い出したいただければ嬉しいです。冷たい校舎の中で、彼らと一緒に過ごしたこと。」 第31回メフィスト賞を受賞したこの作品はミステリーなんですが、なによりもまず青春小説だったと思います。

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