ニックネームが設定されていませんさんの感想、レビュー
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今後京都へ行く時の参考にする為にも、自分でも購入しても良いと思った。
海野泰男
集英社
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この本で指摘しているように医療は行き過ぎると確かに私達のシステムを破壊するのだろう。日本は世界に誇れる健康保険制度を持つが故に、コストを度外視出来る素地がある。そしてその事に寄って誰も(著者以外)コストの問題について言って来なかった。しかし、今のままの野放しの状態ではある日突然崩壊してもおかしくないところまで来ている事が良くわかった。人の命に値段はつけられないのは自明の理ではあるが、全体を考えた時にはやはり何処かで線引きする必要がある事を実感した。現状を良しとしていては次世代が割を食ってしまう。そうならない為に矢面に立って批判している筆者に尊敬の念を覚える。そして、この問題は渡辺淳一も違う角度で作家になった当初に指摘していた。医療の発達に伴って本来であれば助からなかった命が助かる。それでその後普通に生活出来る迄に回復すれば良いが、重度の後遺症が残る場合が多々ある。家族は最初は命が助かって喜んでも、その後全てを犠牲にしてその面倒を見る立場になる。野田聖子議員の子供にしても彼女のエゴで産まれた子供が本当に幸福なのかと考えると、それは手放しでは認めにくい。こういった問題は議論そのものがしにくい事もあって、問題から目を背けがちだが今後の事を考えるとやはりきちんと議論しなければいけないように思う。しかし、私の嫌いな瀬戸内寂聴に言及していたのは笑えた。筆者の言う通りだと思う。彼女のように自分の生きたいように生きて周りを振り回した人間が、しかも仏門に入って煩悩を落としたはずなのに関わらず、生に執着するとか…何のための信仰?仏門に入らなくても自分の生を全うして慫慂として召される方も多いと言うのに。まぁ、最後まで悪あがきするのも又彼女らしい人生なのかもだが、とにかく彼女は反面教師としては最高の人だった事は確かだろう。笑笑
里見 清一
最近徳川慶喜家のお墓の墓じまいが話題になったが、そのお墓を任された山岸美喜さんが祖母の残した手記を出版した物。 この祖母は名を徳川和子という。そして旧姓は松平で会津藩主の家に産まれた人だった。会津12代藩主松平保夫(もりお)を父に沼津藩主4女の進子(ゆきこ)を母にする。高松宮妃喜久子様は和子の従姉妹にあたられる。大正6年に産まれて平成15年(2003)に85歳で亡くなられた。彼女の夫は徳川慶光(戦前迄は公爵)であり、その後は息子の慶朝という方が継がれたのだがそこで絶家となったのだ。叔父である慶朝との交流を続け最後まで世話を続けた筆者の山岸美喜さんがお墓と松戸市の戸城博物館に預けられた膨大な遺品(徳川慶喜家の史料)を託されたのだ。『みみずのたわごと』には大量の写真も掲載されており、華族の生活を伺えると共に時代の変遷も追えるとても貴重な史料だと思う。何気に手に取ってみたが、面白かった。
徳川和子/山岸美喜
いわゆる明治維新を経て徳川幕府を倒した薩長が、関ヶ原の怨念を晴らして政権を握った。そして、私達はそこから薩長が紡ぐ歴史感の中で歩まされている。今までずっと幕末を調べる事があっても会津の事は敬遠してしまっていた。それはそこで何があったのか?どういう事が行われたのか?何となく想像が出来るからこそ読んだり聞いたりすることから逃げていた。 しかしこの本を読んでやはりあまりにも知らない事が多すぎると感じたし、未だに明治維新に関してここまでの怒りを覚える人がいる事にも軽く衝撃を受けた。勝者の紡ぐ歴史を鵜呑みにするつもりは無く、幕末関連本を読むとイライラする事も多かったが、私が感じていた長州人は間違っていなかったのだとも思えた。吉田松陰が礼賛されるのが私には全然わからなかったから。伊藤博文、井上馨、山縣有朋に至ってはこんなチンピラや犯罪者に日本の近代の舵取りをやられたのが物凄く納得が行っていなかった。そこをバッサリと断罪しているのは爽快だった。人は人、自分は自分で何を感じるかは個人の自由とはいえ、あまりに人と違うとやはり不安になる。それがこうも見事にこき下ろしてくれる人がいて本当に嬉しい。 幕末の尊皇攘夷も意味が分からない所が多かった。私が知る限り幕臣の方が勤皇の本当の所を知って体現している人が大部分だったから、それこそ薩長は知れば知るほど尊皇攘夷って何か知ってるの?って人が多い。この皮肉!!だから読めば読むほどわけらないというか矛盾に突き当たる。幕末関連で傑物とか維新の精神的支柱なんて言われた人ほど、全然そうは思えなかったから、それがこの本を読んでスッキリした。読めて良かった。
原田伊織
宗教戦争が悲惨な理由…宗教が理由でやめられなくなるから 「何故神の声を聞くのにバチカンを通さねばならないのか?」神学者ヤン,フス 英仏100年戦争でフランスに勝利をもたらしたジャンヌ・ダルクは「神の声が聞こえた」ということでバチカンに殺された。フランスのシャルル王太子も恩人のジャンヌ・ダルクを見捨てた! 史上最強のローマ教皇 1198年就任のインノケンティウス三世 「全宇宙の創世主である神は、天の大空に二つの大きな発光体を置いた。大きな光に昼を支配させ、小さな光に夜を支配させた。これと同じように、天と呼ばれる普遍的な教会の大空にも、神は二つの大きな栄誉ある職位を制定した。大きい方の位には昼にたとえられる魂をつかさどらせ、ちいさい方に夜にたとえられる肉体をつかさどらせた。この二つの位とは教皇の権威と王の権力である。月はその光を太陽から受け、事実、量においても質においても、地位も効力も太陽におとるものである。それと同じように王はその権力を教皇の権威から受け、教皇の権威に近づけば近づくほど、王の権力の光は薄れ、遠ざかれば遠ざかるほどその光は増すのである。」 就任時の挨拶 16世紀のキリスト教 「異端の罪は異教の罪より重い」宗教戦争は相手を皆殺しにするまで終わらない…怖すぎる😱
倉山満